エッセイ

わかれ道は突然やってくる-11.

11. 出来たら取って、また出来たら取る

4月1日は血液検査、レントゲン検査、薬剤師の面談、それから担当医の診断だった。朝8時半からがんセンターは大入り満員だ。肺癌の主要増殖については、新しく服用している分子標的剤「タグリッソ」が効いているとのことだった。もちろん肺がんが改善するというのは期待できないが、進行を抑える効果があるようだ。服用して2週間になるが、副作用も取り立てて起きてはいない。「やっぱり池田さんは強いね」と言ってくれた。

4月11日にはがんセンターでMRI検査を受けることになった。脳腫瘍のさらにくわしい画像が必要だということだろう。今までMRI検査は何度も取っていて、慣れてはいるが、ここでの新しい機種でのMRI機器での撮影は初めてだった。ヘッドホンからはジャズ。これがなんとも素晴らしい演奏で趣味の良さを感じる。ジャズを楽しんでいるうちに、結構長い間MRIのオカマの中にいるわけだが、新しい機器だからだろうか、時々激しい動きがあった。いつもは、うとうとするのだが、それどころじゃないほど、揺れる感じがあった。ああ、かなり精密に撮ろうとしてるんだなって思いながら、それでもジャズ演奏を楽しんだ。

担当医はできた画像を見て、「やっぱりあるね」右脳の真ん中部分に1.5センチほどの脳腫瘍。「右手の不自由と言語障害が出る可能性があるから、何かあったら、すぐに連絡してね。ほんとだよ、すぐに連絡するんだよ」と念を押された。去年ガンマナイフ手術をしたガンマセンターへの紹介状と画像データを用意してくれた。「副作用らしいものが起きたら、ホントにすぐ連絡するんだよ。連絡が遅れると、僕たちも人間で対応がなかなかできないことも起こりうるから、頼むよ」と、いつもに増して、念入りに言われた。

そのままがんセンターからガンマセンターへ行き、ちょうど先生が診察できるというので、紹介状と画像データを見てもらった。「これはびっくりだね。1か月でここまでおおきくなるとは」すぐに「明日入院、明後日手術しよう」と言われた。その間に大事なリハーサルがある。そこで、「土曜日入院、日曜日手術にさせてください」とお願いした。「がんセンターが頭部の画像を撮っていなかったら、今頃池田さんは身体不自由になってたかもしれないね。今後入院までけいれんが起きる可能性もあるので、その時はすぐに連絡してね」
即入院手続きをして、帰宅。

どちらの先生も今までになく、ひどく心配していたので、私もこれは安静にしていた方がよいと思った。そして万が一、けいれんなど起きた時に、病院に連絡してもらえるように、緊急連絡先の兄と友人にはその旨を伝えた。びっくりされたが、これもリスク対応だ。心配をかけてしまうが、重大な事故が起きる可能性をどうにか回避するべきだと思った。それだけ心配をかけても受け止めてくれる友人がいることが、何よりラッキーだ。友人からはすぐに折り返し電話があり、「びっくりした」と言われた。「びっくりさせちゃって、ごめんなさい。大丈夫だと思うんだけど、万が一のことを考えて」と答えた。

入院まではリハーサルしか予定が入っていない。とにかく安静にしていよう。カバンの中には緊急連絡カードを書いて、すぐわかるように今の自分の病態、そして病院の連絡先と、兄と友人ふたりの連絡先を書いて入れた。

心配したリハ―サルは2時間ぶっつづけでピアノを弾いても問題はなかった。前日の準備とリハーサルで、帰宅後は疲れたのか、頭痛とめまい、そして筋肉のちいさな表面的な痙攣が起きていた。まずは安静にするしかない。

さて、入院当日、電車に乗るのはすでに無理だと思って、タクシーで病院に向かった。この病院での入院は二度目なので、勝手はわかっている。そしてとても細やかで居心地がよいことも経験しているので、安心できる入院だった。ここは全室個室。バストイレから電子レンジ、冷蔵庫まで付いている。まして、今回はダブルベッドだった。すぐに担当の看護師さんがやってきて、これからの予定を説明してくれる。

当日はコロナの抗原検査後、造影剤を点滴してのMRI検査だった。ここでは毎月MRI検査をしていたので、慣れたものだ。その後はゆっくりと個室で、テレビを見ながら、持ち込んだMac Bookでいつもの英語の勉強をした。

この病院の欠点は唯一、インターネット環境がないことだ。昨年は携帯WiFiを契約して持ち込んだが、費用がばかにならないので、今回は初のディザリングに挑戦。持っているスマホを携帯WiFiのように使ってネットワークにつなげることができる。昨夜からテストしておいてよかった。当日はスムーズにネットにつながり、毎日続けている勉強を欠かさずにすんだ。

病院の朝が早く、翌日は午前5時前から脳の腫れを抑える点滴をして、手術に備えた。8時ごろにはストレッチャーで手術室へ。シャワーをしてから、ヘッドセットを装着する。これは頭部4か所をくぎで固定するので、その部分だけ跡が残る。固定するときには麻酔をするので、痛くはない。そのまま手術室の機器にカチャッと頭を固定する。その時また麻酔をするので、これも何も負担がない。1時間ほどの手術が終わると、病室に戻り、看護師さんの説明を受け、ゆっくりしすることができた。

病室に戻ってすぐに魔人屋(まんとや)の創業者の訃報を受け取った。今日の午前中亡くなったとのことだ。20代になるかならないころから、お世話になって結婚式にも出席してくれた友人だった。脳梗塞で身体が不自由になっても車椅子で店に来て様子をみてくれていた。その後癌を発症し、その経過も聞いてはいたが、ずっとお世話になっていたから、悲しい知らせとなった。そんなことで、眠れなくて、ヘッドセットの固定跡も少し痛くて、悶々と朝まで過ごした。

翌朝も脳の腫れを抑える点滴をし、7時半には院長の回診があった。どんな手術だったかを聞くと「2カ所、右脳と左前頭葉の腫瘍の処置をしました」とのこと。左前頭葉は11日のがんセンターの画像にはなかったから、やはり増殖していたのだと思った。
「画像で見えない腫瘍もあるからね」
「まだ頭痛がするんですが」と聞くと、「いろいろ考えなくていいの。また出来たら取ってって対処したらいいの。余計なこと考えるだけで、頭痛しちゃうから、考えなくていいの」って肩を叩いてくれた。

この病院は8時ごろにはすべての手続きが終わっている。退院後の生活についてから今後のMRI検査の日程。それに生命保険会社への診断書まで退院時にいただけるので、本当に患者にとって楽だ。

タクシーで帰宅したのは10時前。帰宅したころには頭痛もなくなっていて、身体もすっきりしてきた。すっかり片付けも終わってゆっくりしていると、なんだか元気が湧いてきた。

そうだ、今晩は魔人屋さんに亡くなった友人のための献杯に行こう。もちろん、私はお湯で献杯だけど。

Water by Midori

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