エッセイ

わかれ道は突然やってくる-10.

10.まがりかど

抗がん剤治療は順調で、4週間に一度通院治療を続けていた。3か月に一度ずつ、レントゲン検査、CT検査をし、また、脳腫瘍については、ガンマナイフ手術を行った病院での月1回のMRI検査も続けていた。どれも変化はなく、治療は順調にいっているように見えた。2022年1月中旬から目がかゆくなった。恒例の花粉症だろうということで、耳鼻咽喉科でルパフィンという花粉症の薬をいただき、毎日服用することになった。そのうち、鼻水が出るようになってきたので、ちょっと気になって、1月末にPCR検査をしたが、これも陰性。念のためにということで、医師が処方してくれた風邪薬も飲み始めたが、出だした咳が止まらない。2月に入ってかなり咳がでるようになってきた。かかりつけ医の脳神経外科で、抗がん剤の副作用として「間質性肺炎」の可能性が考えられないこともないので、レントゲン検査をしてもらったほうがよいということで、2月28日国立がんセンターでレントゲン検査をした。ところがなにも変化はない。また、脳腫瘍の方もガンマセンターでのMRIに何も変化はないので、次回からは3か月おきの検査で大丈夫だろうということになった。

ところが、咳はどんどんひどくなって、3月に入ってからは、とくに激しい咳に襲われることがあった。咳は体力を消耗するので、息をするのもすこし辛い状態になった。3月中旬になって自宅近所の内科に行ってみた。聴診器で聞いてみると喘鳴音がするらしい。ぜんそくとは言えないかもしれないが、ちょっとそれに近い状態になっているようだということで、リン酸コデインなどの咳止め、痰切りのくすりなどをいただいた。おかげで咳はあまり出なくなった。咳のし過ぎだろうと思うが、肋骨が痛むようになった。咳で肋骨にひびがはいることもめずらしくないらしい。こちらも痛み止めをいただいた。体調はそれらの処方で良くなってきた。蔓延防止条例も終わり、魔人屋での毎週のライブも始まるようになった。

3月の国立がんセンターは28日のCT検査だった。検査の結果を聞きに診察室に入ると担当医が「ううん、僕もちょっと驚いたんだけど、脳腫瘍ができてるんだよね。先月はなかったのにね。肺がんも大きくなってるね。薬を分子標的剤に変えて治療を続けて行きましょう」脳腫瘍は右側にかなり大きいものができていた。以前ガンマナイフで取り除いた脳腫瘍の2倍ほどの大きさがある。肺がんも先月の2倍ほどになっている。「一体、どうしちゃったんだろうねぇ」と担当医。「ホントですね、一体、わたし、どうしちゃったんでしょうね」と私。

実は最初診察を受けた大学病院で肺の生検をした際に遺伝子変異がないと診断されていた。検査結果を聞いたときに、言いだされた言葉が「残念なことに遺伝子変異がありません」だった。忘れもしない2021年6月9日のことだ。その後国立がんセンターに転院して、念のために再度の肺の生検をした。なかなか結果がでなくて臨床試験に踏み切ったが、2か月後ほど経ってから診断がくだされた。「僕たちもチームを組んでなんどもなんども検査したんですが、やっぱり遺伝子に変異があったんです」ということだった。臨床試験はそのまま続けたが、万が一病状が悪くなった場合は、奥の手として、この遺伝子変化をピンポイントで治療する分子標的剤を使うことができるということを、担当医も私も認識していた。だから今回の検査結果次第で分子標的剤に変更になるだろうということは、私も承知していた。

さて、抗がん剤は通院治療センターあるいは入院で点滴を受けることになるが、分子標的剤は飲み薬で自分で飲むことになる。その点では患者への負担が減るが、副作用もやはりあるので、今後は2週間おきの通院・処方になる。薬剤師とは当日ゆっくり説明を受けて、どのような副作用が考えられて、どのように服用していったらよいかを聞いた。

そして気になる脳腫瘍については、3日後にがんセンターでのMRIを受けることになった。担当医も肺がん以上に脳腫瘍が気になるようだ。おそらくガンマナイフで施術できる範囲のものであれば、施術と言うことになるかと思う。

こんな状態なのだが、最近ふっと幸せを感じることがある。なんなのだろう。死を覚悟したからだろうか、気持ちはむしろ軽くなっている。そして音楽や映画などで、えも言えぬ幸せを感じることがある。人間とはふしぎなものだ。そして死と生との境は私たちが思う以上にあいまいなものだろうと思う。








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