エッセイ

神さまにはプランがある~続編 -21

21. いろいろな映画や音楽との出会いもありました。

中学校あたりから兄の影響が色濃く出るようになった。5歳上なので、私が中学校2年の時に、兄は大学になる。兄はそのころから演劇に興味を持つようになり、仲間たちとよく家に集まっては、演劇論を戦わせ、脚本に手を染め、もっとも自由を謳歌していたころだった。兄の友人たちは私を可愛がってくれて、ギターを教えてくれたり、食事に連れて行ってくれたりした。兄の部屋にはシュールレアリズムやら宗教やら哲学やら、難しい本がたくさんあって、私はよく兄から本を借りて、訳も分からず読んでいたものだった。兄が1日1缶吸う缶ピースの蓋を開けるのが好きだった。チョコレートのような香りがしたから。

そんな影響もあって、好きな国語の先生が担任と聞いて、中学校の演劇部に入った。真面目に取り組んでいるのが気に入られたのか、部長に任命された。兄に聴いて演劇のトレーニング方法を調べ、発声練習や早口言葉、そして体操なども取り入れて、運動部さながらに、体育館の舞台を演劇部の練習場所にもらって、部員とともに鍛錬を重ねた。木下順二作「夕鶴」やシェークスピア「真夏の夜の夢」など文化祭では公演をした。私は主役になるつもりもないので、華のある人、演技の上手な人たちに主な役をやってもらった。先生もしっかり部活動を見守ってくれた。演劇部は目立つことのあまり好きでない私には、今まで味わったことのないような充実感を与えてくれた。

このころは家で兄と過ごす時間がいちばん好きだった。いつも知的で刺激的な情報を与えてくれた。特に音楽だった。よくLPレコードを買ってきては、一緒に聴かせてくれた。中学校のころは、見た映画のサウンドトラック盤や、サイモンとガーファンクル、カーペンターズなどがお気に入りだった。エルトン・ジョンのYour Songは胸にキュンと来るので、コンサートにも見にいったことがあった。舞台袖には失神した女の人がいて、渋谷公会堂の一番後ろの席でさえ、興奮のるつぼだった。

ここで、映画のことを話しておきたい。私にとって映像は3歳でテレビを初めて見た時から、人生を共にしてきた大切な友人だ。父はほとんど家にはいなかったが、休日は家族サービスをしてくれた。主にディズニー映画で、公開されると映画館に連れて行ってくれた。それは5-6歳から中学校の反抗期までずっと続いた。だから、ほとんどのディズニーの古い名作はリアルタイムで見ている。

いつもおばけの夢ばかり見る私が、初めて総天然色カラーのお城の夢を見たのは、「眠れぬ森の美女」を見た夜、映画のパンフレットを枕元に置いて寝た日が初めてだった。そして「ピノキオ」では、空を見つめ、あれが私の運命の星だろうかと決めたのに、次の日にはどれがその星だったかもわからなくなって、哀しい思いをした。気に入った映画は、両親の機嫌が良いと、サウンドトラックLPを買ってくれた。それをすりきれるまで聞いた。「サウンド・オブ・ミュージック」は母が買ってくれた。初めて自分で買ったサウンド・トラックがバート・バカラックの「明日に向かって撃て」だった。

高校のころになると、友人と3本立ての映画館に毎週のように通った。当時、渋谷には文化会館があり、映画館が数館入っていた。屋上には五島プラネタリウムもあった。そうそう、星をみるのも、ピノキオ以来、大好きで、よく空を見ていた。このころは流れ星も実家の庭から見えた。

音楽については、小学校6年の時、最初に結婚したいと思ったのは、モンキーズのピアニスト、いつもニット帽をかぶっていたマイク・ネスミスだった。そしてPPM(ポール・ピーター・アンド・マリー)の「パフ」は、初めて英語で歌詞を覚えた。その後、モンキーズも英語で歌詞を覚え、英語に興味が湧いてきた。中学校でもっともよく聞いて、なおかつ長く聞いたのが、キャロル・キングの「つづれおり」だった。これもすりきれるほど聞いて、楽譜を買って、初めて弾き語りに挑戦した。でもコードはなにひとつわからなかったから、二段譜で歌うのはなんて難しいんだろうって思うばかりだった。

高校の頃、友人の影響もあり、兄はジャニス・ ジョップリンの遺作「パール」も手に入れて、私はその声に驚き、楽譜を買い、よく音楽室に隠れてジャニスのサマータイムを歌った。兄とはあまり趣味が合わなかったが、好きだったのが、ミック・ジャガーだった。あの唇があまらなくセクシーに感じ、ポスターに初キッスをしたものだ。

兄はだんだんとジャズ寄りになってきていた。マイルス・ディビス、アンサンブル・オブ・シカゴ、ダラー・ブランドなどのLPを買ってきた。特にダラー・ブランドはアドリブの仕方を教えてくれたLPだった。そうか、左手で何かワンパターンを弾いて、右手でメロディを作って弾いていれば、アドリブになるんだ、と思い付き、それで練習をした記憶がある。

そして高校2年の頃、兄が買ってきたのが、ビリー・ホリデイの「奇妙な果実」だった。聞いてなぜか涙が止まらなくなった。猫のような変な声なのに、なんで涙が出てきちゃうんだろう。ジャズと恋に落ちた瞬間だった。大橋巨泉さん訳の本「奇妙な果実」も読んだ。その後、油井正一さんのアスペクトジャズを毎週聞き、オープンリールに録音し、いろいろなボーカリストやジャズの歴史も知るようになった。


高校はジャズとの出会いもあったけど、それだけじゃなかった。それは波乱万丈だった。

by Midori

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