エッセイ

神さまにはプランがある~続編-3

3. 夢を思い描く

「神さまにはプランがある」を出版後、自分のプランについて考えるようになった。ミュージシャンとしてはせめて1枚、自分のアルバムをレコーディングしたいと思う。
コンピューターでのDTMミュージックも勉強し、ストックを貯めていた。しかし、できれば生の音でレコーディングしたい。ずっとそう思っていた。

出版数か月後にはレコーディングに向かって本格的に動くことになった。まずレコーディング経験のあるミュージシャンやレーベル会社の方々に逢って話を聞いた。レーベル会社の説では1曲10万円の資金を考えてくださいということだった。15年ほど前は今ほど気軽にレコーディングはできるものではなかった。もちろんそれほどの資金は手元になかった。

そんなことをぼーっと考えていたある昼下がり、同居していた父の呼ぶ声がする。「みどりが幼稚園の頃からかけていた生命保険が満期になった。好きに使いなさい」
私の夢は急に現実のものになっていった。

私はニューヨークでレコーディングをしようと決めた。なぜならニューヨークなら車の免許のない私でも地下鉄かバスで移動できるから。そしてジャズのメッカだから。
しかし、ニューヨークにも行ったことがないし、レコーディングの経験もない。相談をもちかけた8割がたの人たちには反対をされた。無謀だと。しかし諦めなかった。

あるピアニストがニュージャージーでレーベルを持っている友人がいるので紹介すると言ってくれた。早速連絡をするとすべてこちらで準備すると乗り気だった。マーク・イーガンを紹介するから、一緒にレコーディングしたらいいと言ってくれた。マーク・イーガンはパット・メセニー・グループ、ギル・エヴァンス・オーケストラなどで活躍していて、私も名前は知っていた。彼にレコーディングに参加してもらえないかとメールを出すとすぐに、一つ返事でOKが返ってきた。

しかし、問題があった。どうしてもストリングスを入れたかったのだ。レーベルのディレクターにアレンジャーの手配をお願いしたが、当の本人と連絡が取れない。困ったなぁっと、大の字になって寝ていたら、1通のメールが入った。「百々徹(どどとおる)帰国ライブ」のお知らせだった。

百々徹さんとは友人に連れられてライブを見に行ったことがある。彼はバークレー音楽院を優秀な成績で卒業後、ニューヨークで活躍、在住する天才的なピアニストだ。配られたアンケートにアドレスを書いたので、メールが送られてきたようだ。「百々様、ライブに伺います。相談があるので、休憩時間にでもお会いできますか」


そして、当日、休憩時間に席に来てくれた百々さんにいきなり相談をもちかけた。「ニューヨークでレコーディングがしたいんです。レコーディング経験もないですし、ニューヨークにも行ったことがありません。力になっていただけませんか」百々さんはすぐに「いいですよ、僕でお役に立てるなら」と答えてくれた。どこの骨だかわからない私に。


その後百々さんとのレコーディングを決めて、具体的にいろいろなやり取りをすることになった。私は3か月の観光ビザでニューヨークに滞在し、その間にレコーディングをすることにした。百々さんはメンバー集め、ギャラ交渉、リハーサルスタジオおよびレコーディングスタジオの手配、そしてアレンジまでを全部やってくれることになった。さらに滞在する場所がなかったので、これも思い切って相談した。「ちょうど妻がレッスンルームに一部屋を借りたので、そこでよければピアノがありますので、3か月お使いください」

出版の翌年、私は初めてのレコーディングにニューヨークに旅立った。

 

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