エッセイ

神さまにはプランがある~続編-2

2.心の傷にふれる

家族だけの小さなお好み焼き店を開店してからは、頭に三角巾、エプロン、足には長靴で仕事をすることになった。夫にとっても私にとってもすべてが初めてのことばかりだったが、必死で仕事を覚えた。姑が仕切り、主人は経営者、私は下っ端というトライアングルができることになった。姑と夫との関係はさらに親密になっていった。姑にとって末っ子の長男、眼に入れても痛くない息子だ。私と主人がふざけあっているのが、だんだんと姑には気に障るようになっていた。

そして変化は、氷が音を立てながら水面を塞いで行くように、確実に夫婦の関係を変えていった。

私とじゃれあっていた夫は、姑の様子を察知してからは、彼女に気を遣うようになった。むりもない、今は金銭的にも仕事上でも全て彼女に頼り切っている状態だった。

朝から晩まで立ち通しでキャベツを切ったり掃除をしたり、とにかく下っ端の仕事を任せられた。夫はふてくされて店でいつも居眠りをしている。仕事が終わると私には帳簿付けの仕事が回ってきた。いつの間にか笑うことも忘れるほどに疲弊していた。

夫婦の会話は一切なくなった。

「おふくろはお前の食事はもう作らないから、自分の飯は自分で作って、床でしゃがんで食べろ」と言われた。私はメニューから自分の物だけを作り、床でしゃがんで食べた。
「洗濯物はお前のものはおふくろは洗わないから、自分のものは自分で洗え」

ある日言われた。「お前はおふくろを侮辱した。土下座しろ」と言われた。何を言っているのか、いまだにわからないが、姑の前で土下座をした。
包丁を突きつけられたこともあった。
椅子を頭から叩きつけられそうになったこともあった。


そんな無理が続いて、肺炎で入院することになった。
「こんなところでいくらかかると思ってるんだ。俺たちは忙しいから、入院中でも帳簿をつけろ。そしてすぐ退院しろ」

だんだんとDV(家庭内暴力)はエスカレートしていった。

自分で自分の命を守る必要があると思った。
そこで肺炎を機に休みを取らせてもらうことになった。
休みの日には友人に会って、相談に乗ってもらうことができるようになった。
しばらくしてアルバイトを探して、コンピューターの仕事の面接に行った。
そして、店は辞めて派遣社員として働き始めた。
そこは天国だった。昼の仕事が終わると店の手伝いをした。
家に帰ると地獄だった。

ある日、夫に車に乗せられて走行していると、急に反対車線を急スピードで走り出す。あまりの怖さに車を降り、そのまま友人の家に泊まらせてもらったこともあった。

私は明らかにノイローゼの状態になっていた。
そしてかつて愛した人を恨んでいる自分自身が何より辛かった。
そんな毎日が4年ほど続いた。

ある日、離婚を切り出した。
その瞬間、恨みが消えた。

離婚してからは30年近くになる。しかし今でもあれはDVに違いなかった。

病気というきっかけから、関係はねじれた。
人はプレッシャーにぶち当たった時に、どのように対処するかによって、思わぬ落とし穴に落ちることがある。落ちている間、どうにもできないことがある。
その時、何を掴むか、何を思うか。
それによって、人生は変わっていく。

神さまにはプランがある~続編-1  前のページ

神さまにはプランがある~続編-3次のページ

PAGE TOP