エッセイ

わかれ道は突然やってくる-4

4. 結果の日、決戦の日

6月9日、検査結果の日になった。この1ヶ月半自分でもかなりリサーチしたので、おおよそのことは分かっていた。それでも結果によって、今後が決定されるのだから、かなり緊張はした。結果がわかれば、それなりに心も落ち着くのだろうが、それまでが気分の浮き沈みがどうしてもあるものだ。眠れない夜も続いていた。

診察室に入ると、女性の担当医と看護師もいた。
「どうもお待たせしました」

「この間、いろいろと勉強したきました。ですから正直におっしゃってください。」

「わかりました。先日の検査結果が出ました。生検の結果、肺腺がんです。残念ながら、遺伝子変異が見つかりませんでした。もう少し精度の高いパネルで調べれば、何か見つかるかもしれませんが…」

「まずは脳腫瘍が心配ですから、脳腫瘍をガンマナイフ手術で治療してから、肺腺がんは化学療法で治療していくのが良いと思います。ただし、当院にはガンマナイフの機器がありませんので、別病院での手術になると思います」
「とっても言いにくいとは思うんですが、自分の人生の終わりから逆算して計画を立てたいんです。余命について教えていただけませんか』
「もし脳幹に脳腫瘍が転移した場合は、3ヶ月ほどになりますね。うまく行っても1年というところでしょうか』
今まで調べてきた通りの余命宣告だったので、自分でも不思議なほど冷静だった。

「基本的には今後自宅療養を考えていますが」
看護師から「介護保険の認定は済んでますか?私から認定の手続きできるよに手配しましょうか?」「はい、お願いします」

「今後のことを思うと、緩和ケアなども考えなくてはいけないんでしょうけど、残念ながら、この病院には緩和ケア科がないですよね。ガン拠点病院である、国立がんセンターに転院をお願いできないでしょうか」
「はい、いいですよ。私から紹介状を書いておきますので、後日取りに来てください。生検のデータなども送っておきますね。」

「ありがとうございます」

看護師さんが、すぐに出てきて「池田さん、大丈夫ですか?」と横に座ってくれた。
「余命宣告されたので、心配してくださってるんですね。でも、事前に勉強してたんで、覚悟はできてるんです」

帰宅後、進捗報告している何人かの友人に連絡をした。ただ淡々と事実を語った。それ以前に余命についてのことも数人かには伝えていた。中には涙する友人もいたが、多くの友人は淡々と受け取ってくれた。

今までのリサーチで一番役立ったのが、国立がんセンターの情報だった。広範囲かつ丁寧で患者サイドに立った内容だった。ここなら間違いないと思っての転院願いだった。
翌日は、朝から国立がんセンターに予約受付の電話をした。とても混んでいてなかなか予約が取れないと聞いていたが、驚いたことに「明日でもよろしいですよ」という返事だったが、まだ紹介状を受け取っていないので、後日の予約となった。

決戦の日だった。でもスムーズに済んだ。その日はやっとゆっくり寝ることができた。

by Midori

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