エッセイ

わかれ道は突然やってくる-3

3.どのように友人たちに伝えるか

5月26日、放射線科のスタッフによるCT下における肺生検が行われた。局所麻酔のため、うつ伏せになっていても、スタッフの動きなどは憶測することができた。正直、今まで経験したことのないような(気象庁のようですが)穿刺の痛みだった。手術後けいれんを生まれて初めて経験。自動的に体が震える。看護師さんが迎えに来て、びっくりして、電気毛布をかけてくれた。でも2時間の安静後、それでも夕食完食しちゃうあたりが、私らしい。翌日は午前中に退院。退院後、すぐに仕事。でも1週間ほどは痛みが残った。
肺生検の結果は、6月9日に再診ということになった。

この間も、数人の友人たちには進捗報告を兼ねて、連絡をしていた。おそらく頻繁な連絡で迷惑もかかったかもしれないが、みんな真摯に受け止めて、励ましてくれた。音楽でつながる友人たちが多かったが、中には医療関係者もいた。

そんな時、どのように伝えたら良いか考えた。事実関係をまず話した。どこで何をした。そして今後このような予定だ。自分が不安かどうかについては、ほとんど話すことはなかった。後はいつも通り、冗談を言ったりした。

中には私の状況を聞いて、親身にうろたえる友人もいた。でも、私が普段通りだと、私の死に対する準備なども、しっかり受け止めてくれた。

重篤な病人と言われる立場であっても、友人を笑わせることだって、勇気づけることだってできる。自分を無力な人間とラベルつけることはない。どんな時だって、自分は自分で、立場を先に考える必要はない。

この間、私は以前から考えていた死の準備を進めていた。検体登録と遺言書の公正文書化だった。検体は死後、遺体を大学病院などの解剖授業に使ってもらい、医師の養成に役立てるというもの。32歳のころ、死を覚悟する病かもしれないと診断されたことがあった。ALS(筋萎縮側索硬化症)だ。その時、病院で検体登録書をもらい、父に署名を頼んだが、頑として拒まれた。今は父はいないし、兄は同意してくれるだろう。日本篤志献体協会という公益財団法人を見つけて、問い合わせた。

また、遺言書については、以前から考えていて、財布にメモ書きの遺言書をいつも忍ばせていた。
延命治療はしないでください。
遺体は献体してください。
葬儀も位牌もお墓も一切要りません。
もしお金が残ったら、こことここに寄付してください。
というような内容だった。
しかし、自署があっても実行能力がない。そこで、公正文書化するのはどうしたら良いか、調べていた。

そんなことまで、親しい友人には話をし、アドバイスをもらったり、受け入れてもらった。
友人とは本当に得難いものだ。


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