エッセイ

稲森先生とLars Jansson

 
稲森康利先生との出逢いは、和泉宏隆さんのレッスンで、彼が「私が唯一習いたいと思うのが稲森先生です」という言葉だった。まずはイナモリメソッドの通信教育から始め、5年ほど先生の個人レッスンに通った。
 
ラーシュも和泉さんの紹介だった。「私が最も好きなピアニストです」と言って聴かせてくれたのが、ラーシュだった。わたしはたちまちラーシュの音楽の虜になった。
 
ラーシュと少し親しくなって、稲森先生に習っている事を話すと、翌日、ラーシュは稲森先生の楽譜を10冊ほど買って、スウェーデンに帰った。
そして、稲森先生の本で練習していると、メールが来た。また、米国でビッグバンドの講師として招聘された折にも、メールが来て、稲森先生のテキストの翻訳版はないのかと問い合わせがあり、生徒にテキストを紹介しているようだった。
 
稲森先生にラーシュのアルバムを紹介すると、大変気に入って、一緒にライブに行くことになった。ラーシュから打ち上げが、代官山レザールであるからと連絡をもらい、稲森先生と初めてレザールに足を踏み入れた。そこには和泉さんや守屋純子さんもいて、賑々しい打ち上げだった。
 
稲森先生の代表的なアレンジ集「ジャズ・ピアノ・スタンダード」の改訂版出そうと思うのだが、ラーシュ・ヤンソンに推薦文を書いて欲しいと、稲森先生から相談があった。その仲介役をした。ラーシュからは快諾を得た。改訂版はラーシュの顔写真とともに彼の推薦文が大きく書かれた。
 
稲森先生は病気になられても、音楽の話しかしなかった。ネガティブな言葉を先生から一度も聞いた事がない。亡くなる直前まで、子供のためのジャズのテキストの執筆に没頭されていた。
 
今も稲森先生のテキストで練習するたびに、珠玉のテキストで学び続けることを嬉しく思う。

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