エッセイ

レオナルド・ダ・ヴィンチ@赤坂

想い出深いライブハウスでの出演シリーズ、第2弾。

赤坂から乃木坂への道の途中に、レオナルド・ダ・ヴィンチというライブハウスがあった。ウェイティングスペースを抜けると、大理石の床でステージ後ろは全面鏡張り、ソフアはふかふかの金華山だった。若い女性もそろっていて、ウェイターさんたちはホテル上がりのイケメンで、店はいつもピカピカだった。

3~4年ほどいたが、その間に経営者が何度か変わった。最盛期はメインバンドとしてピアノトリオ+ボーカル、チェンジに弾き語りの私、そして夜中にはソロピアノが入っていた。

メインバンドは素晴らしいメンバーが毎回やってきた。袴塚淳さん、田村博さん、そしてドラムはシミキンさんがいつも来てくれた。
シミキンさんはいつもダンディで、黒い革靴はいつもピカピアに磨き上げていた。そしていつもアラミスの香りをさせていた。
誕生日にシミキンさんから白いあらいぐまのふかふかのぬいぐるみをいただいたことがある。包装をあけるとぬいぐるみはアラミスの香りがした。

袴塚さんとは気が合って、赤坂に私の出演している店があるので、一緒に行こう!と誘って、彼はそのポポという店で長年歌伴をすることとなった。そのオーナーのサチさんは袴塚さんをとても気に入っていた。

レオナルド・ダ・ヴィンチの夜中にはまだ学生の和泉博隆さんが出演していた。仕事を探しているというので、彼にもポポを紹介し、彼も長年、オーナーのサチさんと交友関係を持ち、出演していた。

期せずして、ふたりともフュージョンバンド「Square」の初代と2代目のキーボードとなった。しかし直接はあまり面識がなかったそうだ。


 

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