エッセイ

兄のこと~夢破れた青春

兄は5歳上で、私に多くの影響を与えました。

兄と私の間にはもうひとりの兄がいました。でも赤ん坊のころに風邪か何かをこじらして亡くなりました。父は仕事で家におらず、息子の死を知って、母を責めました。
「お前の所為で亡くなったんだ」・・・・母はどれほど苦しかったでしょうか。

兄はそんな記憶もあったのでしょうか。父にはあまりなつかない子供だったようです。それは生涯続きました。
甘え上手な娘は、父に可愛がられ、兄は嫉妬もあったのでしょう。小さいころはよく兄にいじめられました。
とはいえ、兄はお話が好きで、いつもこわーい話をよくしてくれました。イメージ豊かな少年ではありました。
一緒に植物採集に行ったり、モデルガンごっこをやったり、家庭発表会なども企画して家族の前で発表なんかもしていました。

兄が高校に行く頃にはたくさんの本を読んでいました。哲学書、理論書、仏教書などお堅いものばかりでした。
一日に缶ピースを一缶空けていました。私は缶を開けさせてもらって、あのチョコレートのような匂いが好きでした。

私が中学のころ、兄は演劇に目覚めました。私もその影響を受けて、演劇部に入り、中学校では部長を務めていました。
兄は青山俳優養成所に入り、脚本と監督の勉強をしました。講師たちにも認められ、アングラな芝居をやっていました。
家には兄の友人たちが集まるようになりました。友人たちは私を可愛がってくれました。
ギターを弾いたり流行っていたフォークソングを歌ったりで、そんな友人たちの影響も受けました。

兄は音楽も好きでした。家にはクラシック全集なるレコードが並んでいて、指揮棒を買ってはステレオの前で指揮をしていました。
いろいろな音楽を聞かせてもらいました。そのうちにマイルス・ディビスなどもジャズに凝るようになりました。
ある日兄が買ってきたビリー・ホリディの「奇妙な果実」が私の人生を変えました。

父とはいつも親子喧嘩でした。一緒に食事するのが怖かった。
ある日大ゲンカした後、兄は家を飛び出しました。私はなけなしの小銭入れを持って兄を追いかけ渡したことがあります。
それから兄は何年も音信不通でした。何をしていたのかも私にはよくわかりません。

本来だったら、才能もあり、夢もあった兄ですが、その後、旋盤工やセールス、ビル掃除など仕事には恵まれないまま、青春をどこかに捨ててしまったようです。

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