エッセイ

だって鯛の目を親戚中でしゃぶってるんですから、私、熱出ちゃったんです。

私の実家は質素でした。何せ母は質素な人でしたから、父がいないときには外食なんてしたことありません。
父は仕事が面白くてたまらないらしく、休日以外は接待だのなんだのって美味しいものをたらふく食べているようでした。

子供たちにとっては、外食は月に1度くらい家族でデパートのレストランでお子様ランチをいただくくらいで、小学校になったときに、スパゲティを食べさせてもらったときは感激でした。
ラーメンを外で食べたのは、母がめずらしく大判振る舞いして近所のラーメン屋に連れて行ってくれたのが初めてです。なぁんて美味しいんだろうって腰を抜かしそうになったものです。
だってそれまではインスタントラーメンしか食べたことがなかったですから。

 

結婚して新居に戻り、今夜は遅くなるって電話をしなくていいって思うと、夢のような「自由」ってものを手にした気持ちでした。こんな開放感はなかったですよ。
新婚旅行はダンナさんの実家のある九州に決めました。計画の苦手な若いふたりは飛行機のチケットだけ握って宮崎に飛び立ちました。私にとっての初の飛行体験でした。
宮崎についてレンタカーで車を借りて、さてどこ行こうかって地図を広げて、最終目的は福岡だから下のほうからずうっと回ってけばいいかってことで、阿蘇あたりを目指しました。
1月でしたからすぐに、どっぷりと日は落ちて真っ暗になった細い山道を走行するうちに、霧は視界をさえぎり自動車事故を目撃して、生命の危機を感じて、霧島温泉で一泊することにしました。

次の日はホテルが見つからない。田んぼ道ばかり続いたドライブでなぜかラブホテルが。今日はラブホテルにお泊りだぁ。鶏舎のように赤いランプのチカチカする部屋だった。
翌日は天草に渡ったところでドライバーは力尽き、たまたま通りかかった老舗旅館に駆け込み、「夕飯も食べてないんです」って泣き顔を見せたら、遅いのに夕飯を用意してくれたっけ?
すっかり元気になって翌朝、いい調子で田んぼ道をすっ飛ばしていたら、パトカーに止められちゃった。「いやに元気な車がいるなって思ったら、やっぱり東京から来たの?」「はい、新婚旅行で」「おお、それはそれは・・・しょうがないな、新婚さんじゃ、見逃してやるか」
なぁんていい人たちなんだろう、九州の人たちって!(九州にだって東京にだって、いい人もいれば悪い人もいるけど、こういうときにはこう思うのがしあわせってもんだ)

最終目的地の福岡のダンナの実家は早岐の坂の上にあり、お料理もお掃除もカンペキ主婦で体格もでかい太っ腹義母さんが待ってくれていた。お義父さんは目を細くして若い嫁を歓迎してくれた。
さて、今夜は親戚が集まって料亭で一席設けようという趣向。だいたい私は料亭なんぞは行ったことがない。
「私長崎ちゃんぽんでいいよ」「駄目だよ、もう予約しちゃってるんだから。親戚みんな集まるんだから」

立派な料亭の1室でたくさんの親戚に囲まれて、おいしいお膳が次々と出てきた。そして最後に出てきたのが鯛のうしお汁。
透明な汁の中から少し禿げかけた大きな目がこちらを見ている。ぜったいに恨めしそうな眼差しなんだ。
そんな私の動揺をよそに、親戚中が始めたのは、この目をくりぬいてチュッチュとしゃぶるという異様な動作。
まるでここは原始の国だ!私はこんな野蛮な人たちのところに嫁いでしまったんだ。今更後悔はできない・・・・
その夜、私は何度もトイレに駆け込み、戻してしまった後、熱を出してしまった。

翌日、ふとんで丸くなって寝込んでいる嫁をよそ目に、また親族たちは外食にと出かけた。
ひとりで留守番をしながら、家族の伝統の違いに、絶望的なカルチャーショックを感じたのだった。
暗雲垂れ込める新婚生活の始まりだった。

今日の動画はElla Fitzgerald & Joe Pass の”You turned the tables on me”
このアルバム大好きで、ふたりでよく聞いてました。思い出のアルバムです。

 

 

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